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気分に不調があったら悩まずに頓服薬を飲もう| うつ病と生きる

2019年9月13日

私がうつ病になってから、かれこれ20年以上経ちました。
病気の始めの頃、親から「心の風邪だからすぐに治るよ」と言われるのを聞いていた頃が懐かしいです。
ネットの文化が進むにつれて、さまざまなうつ病体験者の記録を見ることができ、「心の風邪」という言葉が「すぐに治る」ではなく「誰でも罹る」という意味だということに気付きました。

そんな誰でもかかる病気だからこそ、経験や知識、気付きといったものは共有した方がいいと思っています。

今回私がお話したいのは「頓服薬の使用」についてです。

心療内科や精神科の医師から処方される「頓服薬」。
あまり他人の薬事情を詳しく聞いたことはありませんが、私に処方される頓服薬は主に「気分が下がったとき」や「うつ状態がひどいとき」に飲むように指示を受けています。
この頓服薬のおかげで、様々な心の危機を乗り越えてきました。

もちろん「頓服薬」と一言で表現していますが、この20年で内容・薬の種類は変わっています。
しかし、「薬を飲むタイミング」は決まっています。
少なくとも10年くらいは変わっていません。

今回は、私の頓服薬についての考え方・使い方をご紹介いたします。

▼目次



気分の不調を感じたら頓服を飲む

「飲まない選択」は時間の無駄

「病気の自分」を認めてあげる

服薬については医師の指示を守ろう

飲みすぎ・依存には気を付けよう

まとめ


気分の不調を感じたら頓服を飲む

私は基本的には病状は落ち着いている方だと自分で思っています。
しかし、突如として頓服薬を必要とする状態になることがあります。

「気分が落ちている」
「何もやる気が起きない」
「気持ちが沈んでいる」
「なんだかわからないけど不安だ」
「失敗した出来事が頭から離れない」

上記のような状態になったとき、私は頓服薬を飲みます。
頓服薬は「不安時」とか「不穏時」に飲むという指示でもらっている薬です。

飲むとだいたい1時間くらいで気分は落ち着いてきます。
回復ではありません、「落ち着いて」くるのです。
「落ち着いている」=「平常時」と思って頂いていいと思います。

薬がしっかりと効いているときはそのまま「上向き」とか「前向き」とか、そんな気分になっていきます。
薬を必要とする状態になってから薬を飲むまでは、気分が落ち込んでいる状態ですので「上向き」まで気分がいけばかなり効果があると思えます。

薬の効き目が実際に飲んだ後どれくらいの時間で来るものなのかは知りません。
人によっても薬によっても差があると思います。
しかし、私の場合は「薬を飲んだ安心感」も得ますので、それで1時間前後、早いときは10分後くらいには上記のような効果が出てきます。

「気分が落ちている」
「何もやる気が起きない」
「気持ちが沈んでいる」
「なんだかわからないけど不安だ」
「失敗した出来事が頭から離れない」

繰り返しますが、上記のような状態になったとき、私は頓服を飲みます。

「飲まない選択」は時間の無駄

頓服薬を飲まないという選択は、いろいろな観点から時間の無駄だと思っています。

私はそんなことはないのですが、気分が落ち込んだ時に頓服薬を飲むことをためらう人もいるみたいです。

他にも「調子がいい状態が続いているから薬に頼らないでおこう」とか「一時的な変調なので薬がなくてもすぐ治るだろう」とか、そういう考えをもって頓服薬を飲まない人もいるとのことです。

正直、気分に極端な変調があったときに処方されている頓服薬を飲まないというのは、時間の無駄だと思っています。

なるほど一時的な変調かもしれません。
しかし、それが落ち着くまでは自分はすごく苦しいのです。
そんな状態に耐えたとして、誰に何の得があるのでしょうか。
それに、耐えていたからと言ってその状態から脱することができるなんて、どこの誰が保証してくれるのでしょうか。
1日中その状態が続く可能性だってあります。
もっともっと気分が沈んでいく可能性だってあります。
そして、大抵の場合、いったん飲まないことを決めたとしても、あとで飲むことになります。
以前の私がそうでした。

飲むか飲まないかを悩むのも時間のムダです。

悩んでいる間に時間は進み、症状はより重いものになっていくかもしれません。
そんな状態になったら、それこそ時間の無駄どころか、おそらくあとで「頓服薬を飲まなかった」ことを後悔します。
後悔はより深い気分の落ち込みを生むでしょう。

気分・気持ちに変調を感じたとき、頓服薬を飲まないという行為は時間と体力、精神力のムダです。

「病気の自分」を認めてあげる

「病気の自分」とか「気分が落ち込んでいる自分」、「深く悩んでいる自分」といった「ありのままの自分」を認めることは、うつ病との共生において大事なことだと考えます。

「こんなはずではない」とか「自分はすぐに治る」とか、そういった考え方を持っていると薬を飲むことをためらったり、また飲むことを止めたりしてしまいがちです。
「(仕事があるから)すぐに病気を治さないといけない」も厳禁です。
その考えから「だから薬を飲んでいられない」といった考えが生まれるからです。
焦りは病気の状態をさらに悪化させます。

一番大事なのはうつ病である自分自身を自分で認めてあげることです。
そしてうつ病とは長い付き合いになるということを知ることです。
そうすると変に気が張ることもなくなりますので、気持ちが楽になります。

「病気の自分」を認めていないと、頓服薬を飲むべきタイミングで飲むことをストップしてしまいます。
すると、気分はますます不調になり、その時間は何も手につかないことでしょう。

「うつ病の自分」を素直に認め、受け止めてあげることがまずは大事です。
頓服薬を飲むという行為そのものよりも、大事です。

服薬については医師の指示を守ろう

服薬については主治医の指示を守るべきです。

うつ病かどうかを診断するのは医師です。
経過を観察するのも医師です。
薬を処方するのも医師です。

うつ病と一緒に過ごすにあたり、医師という存在は欠かせないものです。

薬の飲み方や飲むタイミング、飲む量、一日の限度量、一度飲んだら間をどれくらい空けるかなどは原則として医師の指示に従うべきです。
医学を学んでいない素人が勝手に判断しても、ろくなことにならないのは目に見えています。

「薬が自分にあっていない」と思ったら、すぐに医師に相談して、別の薬に変更してもらいましょう。

「この医者の言うことなど聞けない」とか「この医者はいつも間違ったことを言っている」とか「自分が合わないと言っているのに薬を変えてくれない」などと思ったら、医師・クリニック・病院を変えましょう。
医師と信頼関係ができていないからです。
主治医との信頼関係ができていないと、クリニックに行くたびにイライラすることになりますし、処方された薬に対して信用できなくなる場合があるので大変危険だと思います。

正しい医師と患者の関係になれる医師を出会うことが肝心です。
とは言っても、医師も人間です。
必ずしも自分に理想通りの医師を出会うことはできないでしょう。
相手・医師に対してどこか「妥協」も大事です。

話がそれましたが、処方された薬の用法用量に関しては医師の指示を守りましょう。
医師は病気の専門家です。

飲みすぎ・依存には気を付けよう

頓服薬は即効性があり、効果が強いものがほとんどだと思います。

なので、飲むとすぐに「気分がよくなる」こともあります。
それがある種「快感になってしまう」ことが、何年も病気の生活を続けていると起こることがあります。
そうなってしまうと、医師の指示を守らずに一日に何度も薬を、しかも間を空けずに飲んでしまいます。

私もそういう時期がありました。

頓服薬を飲んだあとのなんとも言えない「高揚感」とか「フワフワした感じ」がクセになり、快感になり、ハマってしまいました。
「気持ちが沈むくらいなら」と、一日に何錠も薬を飲み、ずぅーっとフワフワした状態を維持していました。

頓服薬をそんなペースで飲んでいたら、当然薬はすぐになくなります。
飲みたい薬がなくなると、もう落ち着いてなんかいられません。
荒れます。

しかも、頓服薬が無いということは、本来飲むべきタイミングに飲むことができないということです。
そうなるとますます気持ちは不調になりますし、荒れ果てます。

これが「薬への過度の依存」です。

薬にある程度依存するのは病気の人間としてが普通のことだと思います。
しかし、医師の指示を守れないほど飲んでしまうような「過度な依存」は、本当に悪循環を生みます。

最悪の場合、医師・病院から治療を拒否されるケースもあるかもしれません。

薬の使用は医師の指示を守り、飲み過ぎなどの過度な依存は避けましょう。

まとめ

◆気分に著しい不調が現れたら頓服薬を飲みましょう。
◆頓服薬を飲むかどうか迷うのは時間の無駄です。
◆病気の自分を素直に認めましょう。
◆服薬は信頼関係のある医師の指示に従いましょう。
◆強い薬への依存には気を付けましょう。

今回書いた内容はあくまで私の一意見です。
私は医師ではありませんし、医療従事者でもありません。
あくまで20年以上のうつ病体験を基に書かせて頂きました。

参考になるとことは参考にして頂いて、読んでいて参考にならない・おかしいと思う点は切り捨てて頂いてかまいません。

この記事は「あなたに押し付ける意見ではない」ということはしっかりと言っておきます。

自分が納得できるところだけ吸収して頂いて、前向きな生活の足しにして頂ければ幸いです。

初心者から見た競馬の魅力|一歩踏み出せず体験できないあなたへ

今年に入ってから競馬の馬券購入を始めました。
そう、ギャンブルです。

正直、これまでは「ギャンブルなんてしないよー、なんで運に身をゆだねてお金を使わないといけないんだ」と思っていました。
しかし、今ではほぼ毎週末、競馬場に行ったりテレビ中継を見ながらネットで馬券を購入したりしています。

馬券が見事に的中するときもあれば、まったく当たらないときもあります。
賭けたお金より多く払戻金を得ることもあれば、まったくお金を回収できないことや、一部だけ回収できることもあります。
競馬場に直接行って競馬観戦をしながら周囲の熱気を感じつつ馬券を購入する場合もあれば、自宅でゆっくりと落ち着いた雰囲気でコーヒーを飲みながら中継を見ながらネットで馬券を購入することもあります。
競馬新聞を見ながらじっくりと考えて予想することもあれば、中継やパドックでの馬の様子を見つつ解説員の予想をしっかりと聞いたり、直感で馬券を買うこともあります。

「勝つ」か「負ける」かだけではない世界が「そこ」にはあります。
…仮に「勝つ」か「負ける」かだとしても、そこに至るまでにいくつものストーリーがあります。

さて、賭け事・ギャンブルなんて興味も一切なかった私が、なぜ競馬をはじめたのか…?

今回は競馬を始めたばかりの初心者が考える「競馬の魅力」について語っていきます。

そもそも「競馬」とはなんぞや?

すごいざっくりと言うと、「どの馬が勝つのかを予想し、お金を賭け、的中すればお金が増える」という大人の遊びです。

「勝ちを予想する」とひとことで言っても、馬券の購入方法にもいろいろあります。
今回は詳細は省きますが、ただ1着を当てる買い方だけではありません。
1~3着までを順番通りに当てる買い方や、順不同で当てる買い方、3着までに入る1頭の馬を当てる買い方、1着2着を当てる買い方などなど。
いろいろな買い方があるので、自信や予想のレベルに合わせて馬券を購入することができます。

そういう馬券購入の買い方・駆け引きを含めて「大人の遊び」なのです。

競馬を始める前に受けた助言

競馬を始める際に、念のため心療内科医に相談しました。
競馬を趣味として始めて、万が一にもうつ病が重くなってしまったら嫌ですからね。

メンタルクリニックの診察にて、私が「今度競馬を始めようと思うのですが、大丈夫でしょうか?」と質問したところ、医師からは「ピクニック気分で(競馬場に)行けば大丈夫ですよ」と温かいコメント。

この言葉に背中を押され、ためらい続けていた競馬をはじめました。

例えばここで医師から「競馬で負けた時などに、精神状態がどうなるか…心配ですね」とか言われていたら、今時点で競馬をやっていなかったと思います。

そういう点で、私にとってわかりやすくナイスな、そして運命的なアドバイスだったと思います。

初心者なりに見る競馬の魅力

初心者なりに競馬の魅力をいくつか考えてみました。
「なぜ競馬を続けているのか?」
「なにが私を競馬に惹きつけているのか?」

実際に競馬場に行ってみたりして体験したことをベースに考えてみます。

ビッグマネーの夢がある

ギャンブルなので、予想が的中すれば「払戻金」という形でお金を得ることができます。

買い方やどの馬がどのくらい人気なのかにもよりますが、たとえば大穴を当てることができれば、1レースで賭け金の数百倍の払戻金をゲットすることもできます。

また、WIN5という賭け方もあります。
こちらは、特定の5レースの1着馬をすべて当てるというものです。
的中人数によっては100円が1億円になることもあります!!!!
当てる前から収める税金の心配を考えてしまいますね!!

もちろん、大きな払戻金を得ることは容易なことではありません。
たくさんの敗北の先にあるのでしょう。
しかし、競馬の馬券を買う人達は、そういった「夢」を常に追い求めているのです。

まさに「ホース・ドリーム」です。

馬がカッコいい・カワイイ

競馬はやはり「馬」が主役です。

馬…個人的にはカッコよくもあり、可愛くもあります。

レースで一生懸命全力で走る馬達、カッコいいですね。

牧場で元気に育てられている仔馬達、カワイイですね。

馬のつぶらな瞳…卑怯ですね(笑)。

馬を見ることで癒し効果が期待できます。
そういう意味では、馬券を買わなくても「馬を見に行く」ためだけに競馬場に行ってみてもいいかもしれません。

実際、競馬場では馬と触れ合うこともできる場合があるみたいです(さすがに当日の競走馬ではありませんが)。

「馬」という、その存在そのものが魅力的です。

競馬場そのものが楽しい

競馬場では、馬券を買ってレースに集中する以外にも、いろいろな楽しみがあります。

まずグルメですね。
様々な食堂・レストランがありますので、気分や勝敗具合で食べるものを変えることができます。

また、子供向けのアトラクション的なものも多いです。
プリキュアショーなんかも開催される日があります。
ポニーや馬車に乗れることもあるので、家族で楽しむことができます。
子供だって馬を見れば喜びますよね!

建物が広いので、全部回ろうとするとけっこうな探検になります。
それもまた楽しみのひとつです。

「ウマジョスポット」と言った感じで「女性だけが楽しめるスポット」もあります。
そこでは限定スイーツが楽しめますので、女性にもおススメなのです。

競馬場そのものがレジャー施設です。

遠出の価値はあります。

予想方法がいくつもある

レースの予想方法はたくさんあります。

オッズ(人気)をもとに、予想する方法もありますし、競馬新聞でここ最近のレースのデータを参考にして予想する方法もあります。
また、パドックでの馬の調子・様子・気配をもとに予想することもできますし、競馬場やネット上の予想家さん達の予想をもとに馬券を買う方法もあります。
「データを参考にする」と一言で言っても、ここ最近のレースの勝敗だったり、調教の際の計測タイムやジョッキーやレース場との相性、得意な距離なんてのも関わってきますので、一筋縄ではいきません。

それらいくつもの予想方法から自分に合ったものを選択し、予想を的中させるという面白さ…これが一番魅力的かもしれません。

意外と当たる

堅実に予想を行い、馬券を無理のない・安パイな形式(たとえばワイドや複勝)で購入すると、意外と的中します。

もちろん、払い戻し金の額もあまり大きいものではありません。
むしろ少額です。

でも、初心者でも「当てられる」という事実が「競馬の楽しさ」を継続させてくれます。

慣れてきたら3連単などの難易度の高い買い方に挑戦すればいいと思います。

つまり、自分の経験値・レベルに合わせて遊ぶことができるということ。
それもまた魅力です。

まとめ

競馬の魅力は…

・ビッグマネードリーム
・馬という動物の持つ魅力
・競馬場がレジャー施設として楽しい
・予想方法がいくつもある
・初心者でも意外と当たる

以上の5点が競馬初心者である私が考える競馬の魅力です。

もちろん他にもたくさんの要素があります。
私がまだ気づいていない要素もあるでしょう。
そういった新たな楽しさを探すのも、また楽しいかもしれません。

もちろん、ギャンブル依存症には気を付けなくてはいけません。
しかし、自分を制御しながら「大人として」楽しむことで、競馬は安全安心な趣味となります。

競馬未体験のあなた、ぜひ一度試しに競馬場へ足を運んでみてください。

きっと何かしらの楽しさがそこにはありますよ。

参考サイト

JRA日本中央競馬会
http://www.jra.go.jp/

大相撲平成30年九州場所 | 遠藤関の取り組み結果まとめ

平成30年最後の大相撲が行われてから早くも2ヶ月近くが経ちました。
すでに平成31年初場所の番付表も出ていますが、その初場所を目前にして、2018年の九州場所の遠藤関の取り組みを振り返りたいと思います。

九州場所では小結貴景勝が初優勝を決めました。
すばらしい快挙だと思います。
見ていてスカッとする取り組みが多かったかと記憶しています。

もちろん、全横綱+1大関が休場になったという条件が良かったとも言えます。
他の関取衆の調子が悪かったのかもしれません。

ただ、場所の直前に所属していた貴乃花部屋がなくなり、千賀ノ浦部屋に移ったことで、ストレスや不安もあったと思います。
環境の変化は少なからず体調面にも影響があったことだと予想できます。

そんな中で貴景勝は優勝した。
逆境の中、優勝した。

これを「快挙」と言わず、何を快挙と言うのでしょうか?
誰かに聞いてみたい!

さて、私達の遠藤関は9勝6敗と勝ち越しました。

ますは遠藤の九州場所での戦績を振り返ってみましょう。






▼遠藤の戦歴

▽西前頭十二枚目遠藤
平成30年九州場所戦績

初日   ●押し出し 対阿武咲
二日目  ○押し出し 対隠岐の海
三日目  ●突き出し 対碧山
四日目  ○押し出し 対隆の勝
五日目  ○寄り切り 対明生
六日目  ●送り出し 対千代の国
七日目  ○叩き込み 対千代翔馬
八日目  ○寄り切り 対千代丸
九日目  ●送り出し 対宝富士
十日目  ○寄り切り 対荒鷲
十一日目 ○寄り切り 対阿炎
十二日目 ●押し出し 対豊山
十三日目 ○押し出し 対輝
十四日目 ●寄り切り 佐田の海
千秋楽  ○寄り切り 対貴ノ岩

△結果 9勝6敗

▼遠藤の感想

「可もなく不可もなく」と言ったところでしょうか。

勝ち越しはしましたので、調子としては良い方だったのかと思います。

ただ、やはりファンとしては、横綱不在の場所では優勝に絡んでほしいので、ちょっと残念でした。

もっとできるはず、もっと行けるはず。

数年前の勢いで再びまずは小結に返り咲いてほしい。

そして、そこから万全の体制で記録を伸ばしてほしいと思います。






▼貴景勝優勝を汚すニュース

さて、先程も述べましたが、小結貴景勝が貴乃花部屋消滅の直後の場所で初優勝を決めるという快挙を成し遂げました。

全ての相撲ファンがさぞかし感動したことだろうと思います。

しかし、貴景勝の初優勝は、場所直後の醜聞によって影が薄くなってしまいました。

しかも、元貴乃花部屋の関係者によって引き起こされた話題・事件でしたので、本当に本当に、貴景勝の気持ちを考えると残念でなりません。
貴景勝本人にはなんの落ち度もありません。

「どうにか避けられなかったのか?」

こんなことを考えてしまいます。

本筋である「遠藤の戦績」とは外れてしまいますが、相撲ファンとしては見過ごせません。
どのような報道があったのか見てみましょう。

・元貴乃花親方の離婚

まずは親方を引退した元貴乃花親方が離婚していたという報道。

なぜ愛弟子の優勝の報道を潰すタイミングで世に知れ渡ってしまったのか?
残念でなりません。

せっかくの小結初優勝の話題が、全て元貴乃花親方の離婚の話題で塗りつぶされてしまいました。
ワイドショーとかは特にそうです。

息子である靴職人?の花田優一氏にも話題は関連してしまい、本当に貴景勝が不憫でなりません。

・貴ノ岩の暴行事件

かつて元横綱日馬富士から暴行を受けて世間をにぎわせ、結果日馬富士が引退する要因となった関取貴ノ岩。
彼もまた元貴乃花部屋の力士であり、元貴乃花親方の引退に翻弄された人物です。

そんな彼が巡業中に自身の付け人に対して暴行を働いてしまいました。

九州場所では6勝9敗と負け越しました。

部屋が違えば巡業の環境もまた違うのでしょう。
きっと多くのストレスを抱え、精神面で不安定だったのかもしれません。

しかし、だからと言って暴力が許されるわけではありません。
貴ノ岩は引退することになりました。

かつての被害者が一転、加害者になってしまった。

悲しい事件でした。

この事件もまた、貴景勝の優勝に泥を塗ったと言わざるを得ません。

▼まとめ

相撲界に関わる変なニュースが多かった印象の2018年末でした。

貴景勝はまだまだ伸びる力士だと思います。

遠藤には貴景勝や御嶽海など、勢いづいている後輩達に負けないでほしい。
まだ28歳です。
まだまだなんとかなる年齢です。

横綱はもしかしたら難しいのかもしれない。

でも、せめて引退するその日までには大関になってほしい。

「大関遠藤」の名を、ニュースで聞きたいです。

遠藤の初場所の番付は西前頭九枚目。

ぜひぜひ今年こそは優勝を目指してほしいです。

そんな気持ちで、まずは初場所を見守ろうと思います。




2018年に印象深かったニュースや出来事 | なかぢまが振り返るこの1年





2018年もいよいよ終わります。
今年1年、いろいろありました。

人それぞれいろいろな思い出があると思います。
あんなことや、こんなこと。
日々の出来事やニュース、事件事故。

私なかぢまもこの1年、よくテレビを見ていましたので様々な情報が頭に入ってきました。
人の心を傷つけるような事件や、「おや?」と思う人物が現れたりしました。

今回の記事ではそんな2018年の出来事をいくつか振り返ります。
後年読んで頂いた際に、「ああ2018年はそんなことあったなぁ」と思って頂ければ幸いです。





▼「はれのひ」による振袖詐欺事件

2018年、各地で成人式が行われる1月8日、「晴れの日」にその恐ろしい事件は起こりました。

成人式において振袖などのレンタル及び着付けを事業として展開していた「はれのひ株式会社」。
たくさんの新成人がその店舗にて着物や着付けを予約していたにも関わらず、成人式のその日、「はれのひ」の店舗は夜逃げ状態となり、着付け会が行われるはずだったホテルにも担当者等誰もあらわれない。

数多くの新成人を振り回した最悪な「はれのひ」、そしてその社長は事件後雲隠れ。
一時期海外逃亡説や死亡説なんかも出ました。

結局、その後社長による謝罪会見が行われ、しばらくして「銀行への詐欺」の罪によって社長が逮捕・起訴されることとなりました。
しかし、現在に至っても「新成人に対する詐欺」の罪は問われていません。

刑事としての起訴が難しいのであれば、民事でも構いません。
とにかく、この最悪な事件を主導した人物は正しく裁かれるべきです。

この事件、相当に最悪な事件でしたが救いもありました。

成人式当日、見かねた他の着付け業者さん達が自主的に被害者の救済を始めたのです。
それによって、成人式にちゃんと振袖で出られた新成人達もいたとのことです。

しかし、それでも間に合わなかった新成人の人々もいます。
そういった被害者は今後成人式の季節になるたびに事件を思い出し、辛い想いをするのです。

最悪です。

どんなに時が経っても、忘れてはいけない事件だと私は思います。

▼世界の山根

日本のアマチュアボクシングを統括している「日本ボクシング連盟」の内部告発が大きく騒がれた時期がありました。

当時の 「終身会長」であった山根明氏に対する退任要求に関する一連の騒動です。
「アスリート助成金の不正流用の教唆および隠蔽」、「試合用グローブ等の不透明な独占販売」、「公式試合における組織的な審判不正」、「山根会長の暴行疑惑」などの13に及ぶ項目を指摘した告発状が連盟の多くの有志から日本オリンピック委員会や文部科学省などに送られたのです。

正直、その告発内容よりも、当時の日本ボクシング連盟の会長だった「山根明」氏のキャラが日本をザワつかせました。

はじめてメディアに姿を現したのはたしか生放送の「スッキリ!」だったと思います。
当時私はリアルタイムでテレビを見ていました。
登場が予定よりも遅れてしまい、それこそ番組の放映中に間に合うのかどうかもわからなくなり、視聴者も番組側もハラハラしながら待っていました。

いざ登場すると、もうハチャメチャな言動をテレビを使ってする人物でした。
素人目から見ても、生放送向けではない強キャラ。

自分のことを「カリスマ山根」とか「世界の山根」とか言えちゃうような強力メンタルの持ち主。

言葉のチョイスが独特で、言い回しの際の「間」も絶妙。
自分が絶対に正しいという信念があるのでしょう、それゆえにブレない自己主張。

会長を辞任してからも過去の疑惑は絶えませんが、忘れてはいけない超強力キャラです。





▼初の米朝首脳会談

6月12日にシンガポールで行われたアメリカ合衆国大統領ドナルド・トランプ氏と北朝鮮の金正恩委員長による米朝首脳会談。
アメリカと北朝鮮のトップ同士が会談するのは歴史上初であり、まさに歴史的瞬間でした。

共同声明が出され、不安が残りつつも北朝鮮の核放棄の兆しが見え、日本をはじめ世界が北朝鮮のその後の動向を見守りました。

しかし、現在までに核放棄はなされておらず、あまり大きな意見ではないかもしれませんが「結局あの会談はなんだったのだろう」と思わざるを得ないのが現状です。

ただ、やはり「米朝のトップが直接会って話した」というのは大きな出来事でした。

▼急造の南北合同チーム

韓国の平昌で2月、 第23回オリンピック冬季競技大会が開催されました。

開催の約一ヶ月前、アイスホッケーにおいて北朝鮮と韓国の合同チームとしての参加が決定された。

「他の国が不利になる」とか「オリンピックを政治利用し過ぎだ」とかいろいろな意見がありました。
しかし、一番大きいのは「政治に翻弄されるスポーツ選手達」の存在でしょう。

不憫で仕方ありませんでした。

▼隣国韓国との関係悪化

今年は特に隣国韓国との関係悪化が進んだ年だったと思います。

徴用工裁判の異常な判決、旭日旗をめぐる騒動、攻撃レーダー照射事件などなど。
挙げればキリがないほどいろいろありました。

来年に持ち越されたこの関係悪化状態。
果たしてどのような展開を迎えるのか……
日本国民として、ニュースを追い続けます。

▼石塚運昇氏、死去

声優の石塚運昇氏が食道がんのため、8月に亡くなりました。

ポケモンのオーキド博士やジョジョのジョセフなど、吹替でもCSIマイアミのホレイショ・ケインなどを担当していました。
世の中の渋い声の代表格でした。

『宇宙戦艦ヤマト2202』にも出演中でしたが、残念ながら途中降板ということになってしまいました。
もうあの声あの演技の土方艦長は円盤でしか見ることができません。
(もちろん、役を引き継いだ方の演技は素晴らしいです)

ご冥福をお祈り申し上げます。

▼まとめ

いかがでしたでしょうか?

もちろん、他にもたくさんの出来事がありました。
数えられないほど、多くの事件・事故・疑惑・訃報がニュースとなり、日本中を駆け巡りました。

生きていれば日々ニュースだらけです。

そのたくさんのニュースの中から、自分にとって必要・重要なものを抜き出し、活用することが大事です。

改めて2018年、自分にとって大きな出来事はなんだったのかを思い起こし、新しい時間を走り出して頂ければと思います。




東京都立梅ヶ丘病院に精神疾患(うつ病)の患者として入院していた頃の話 | 精神病院体験記





かつて東京都内には「東京都立梅ヶ丘病院」という病院が、小田急線の梅ヶ丘駅近くにありました。
主に小児精神疾患を扱う精神病院でした。

概要や歴史その他詳細などはウィキペディアで確認して頂くとして、簡単にまとめると「小児・少年・少女・青年期における発達障害や心の病・精神疾患などを専門的に扱う病院」だったのです。

世紀末が明け、新たな時代に入り世の中が希望に満ちていた2000年だったか2001年だったか、私はそこに1年近くの通院治療を経て、入院することになりました。

もともと私は発症したとき、入院を自分で希望していました。
しかし、病院の空きベッド数の関係などで、中々入院治療を受けることができなかったのです。

梅ヶ丘病院で1年間通院治療を受けましたが、あまり効果が出ていたとは言えませんでした。
当時の担当医との相性が悪かったのかもしれません。
そのタイミングで、満を持しての入院開始だったのです。

今回は、今はもうない梅ヶ丘病院について、入院体験者として中でどういった生活が営まれていたのか、少しお話したいと思います。






 

▼入院病棟はいくつもあった

入院病棟は複数ありました、6棟だったような気がします。
主に 性別・年齢・病状 で分けられていたかと思います。

当時、その中で思春期の男子が入れる病棟に私は入院しました。

その中では、私のようなうつ病患者や統合失調症患者、発達障害や知的障害、その他よくわからないけど何らかの精神疾患を患った少年・青年達が閉鎖された病棟で共同生活を送っていたのです。

他にも、思春期の女子だけを集めた病棟や、小学校低学年などの児童を集めた病棟などがあったと思います。
介護者なしでは生活できないような障害の子供達を集めた病棟もあったような気がします。

基本的に他の病棟とは交流を持ちません。
たまにスポーツ大会などで会うくらいです。

もちろん、他の病棟に入ることはできませんでした。
他の病棟の患者さんとも、あまり関わってはいけない雰囲気でした。

 

▼寝泊まりする病室について

入院する病室には大きく分けて2種類ありました。

「個室」と「相部屋」です。

基本的には相部屋で生活することになりますが、入院初期ですとか、あるいは相部屋にすると問題(暴力・喧嘩など)が発生してしまう患者さんは個室に入っていたと思います。

個室に関しては、場合によっては常時鍵を外からかけられ、トイレに行くとき以外自由に出入りすることはできませんでした。

相部屋はいくつもありました。
3人部屋や4人部屋、6人部屋が一番広かったかもしれません。

カーテンなどで仕切られているわけではありませんので、プライバシーも何もありません。

また、他の病室に入室することは固く禁止されていました。

ルールを違反してしまうと、「外出禁止」などの罰を与えられました。

 

▼徹底して閉鎖・管理された病棟

病棟の出入りは全く自由ではありません。

病棟の担当看護師の許可もしくは同伴がなければ、外に出ることはできません。
しっかりとした鍵で二重にロックされていたような記憶があります。

家族などの面会に関しても、事前に家族が病院に連絡したうえでスケジュールを調整しなければならなかったと思います。
病棟内は広くなく、また特に面会室など設けてありませんでしたので、そういった配慮が必要でした。

また、持ち物も厳しくチェックされます。

当たり前ですが、刃物などの危険物は持ち込みできません。

ヒゲ剃りや爪切り、ハサミなどに関しても病棟に持ち込んだのち、看護師さんに預ける必要がありました。
使用したい場合のみ、お願いしてそれらの道具を出してもらうのです。

お菓子なども、栄養管理の面から、自由な持ち込みはできなかったような記憶があります。

そもそも、お金に関しても家族が病院・看護師さんに預けて、必要な分だけ支給されるスタイルでした。

起床時間や消灯時間、食事時間や入浴時間なども決められていて、生活そのものを管理されていました。

それは、精神疾患の影響で生活が怠惰にならないようにするためだったのだと予想されます。

 

▼入院中の主な日程

入院中、スケジュールは基本的に毎日決まっていました。

病院内にスポーツのできる校庭(?)や体育館がありましたので、そこでスポーツを行ったりしました。

また、病棟内で皆でビデオ鑑賞をしたりする時間もありました。

複数の看護師さん同伴で、皆で近くの公園(羽根木公園)に散歩に行くといったこともありました。
入院初期の段階では貴重な外出の機会だったと思います。

食事は時間が決まっていました。
献立も事前に発表されていました。
食事の際、服用薬が皆それぞれに配られます。
飲み忘れもしくは意図的な飲み逃れがないように、薬を飲み終わるまで看護師さんが見てくれています。

入浴可能時間は決まっていましたが、強制的ではなかったと思います。少なくとも私の病棟は。
なので、入らない人は本当に入らなかったと記憶しています。
私は適度に入りました。

しかし、大浴場でしたので、今思えば衛生面で果たして本当に問題なかったのかな、と思ってしまいます。






 

▼担当看護師及び医師

医師は病棟単位で担当してくれていました。
私のいた病棟は我の強い思春期の青少年メインでしたので、さぞ大変だったことでしょう。
尊敬できます。

看護師は、患者それぞれに担当してくれました。
もちろん掛け持ちですが。
それでも、1人の患者に対して主担当と副担当が付きましたので、そういった点ではしっかりした体制だったと思います。

また、看護師さんはシフト勤務で交代制でした。
日中勤務のシフトと、夜から朝まで勤務するシフトがあったんだと思います。

担当する患者を選ぶことはできませんから、聞き分けの良い子の担当になれるかどうかは「運」だったでしょうね。

 

▼外出について

入院初期は一切外出できません。

しかし、担当医の許可が出ると、まず同伴外出ができるようになります。
同伴外出とは、看護師さんに同伴してもらって自由時間に一緒に近所に買い物に行ったりすることです。
外出レベル1、といったとこでしょうか。
看護師さんの業務の都合もありますので、毎朝申請する必要がありました。
また、場合によっては患者複数人で一緒に団体行動することになります。

さらに体調がいいと、担当医から自由外出の許可が下ります。
外出レベル2です。
この許可を受けると、自由時間に自由に外出できるようになります。
ただし、行先などは事前に看護師に申告しなくてはなりません。
ただ、自分のタイミングで外に出られるので、かなり自由度はあります。

 

▼外泊について

週末土日などは実家に帰って「外泊」することができます。

ただし、病状や家庭環境などにもよって、外泊できるかできないかの差はあったと思います。

外泊中は監視・管理されるわけではないので、真の意味で羽を伸ばせました。

 

▼入院期間

これはもう、本当に人それぞれです。

半年くらいで退院する人もいれば、何年も入院するような人もいました。

また、決まりで18歳の年度末までしか入院できないようでした。
小児専門の病院ですので、そのあたりは仕方ありませんね。

また、病状によっては退院後すぐに再入院ということもあります。

私も一度退院後すぐに再入院しました。
当時の正直な感想を申し上げれば、絶望感しかなかったですね。
「せっかく出られたのに、なんで俺ばっかり…」みたいな。






 

▼自立支援…的な

その他、退院後に自立できるように、病院からアルバイトに通っている人もいました。

私の場合も、当時は退院後に復学する予定でしたので、病院から近隣の個別学習塾に通わせてもらっていました。
病棟内には一応自習室のような部屋もありましたので、そこで宿題などをやることもできました。

また、ケースワーカーさんも定期的に見回りに来てくれて、いろいろと相談することができました。
今思えば、そのシステムはもっとしっかり活用すればよかったです。

まぁ、2000年頃と言えばまだインターネット普及過渡期、情報もあまり持っていない少年ではそれもできなかったわけですが。

 

▼あとがき

入院生活そのものの主な概要はこういった感じです。

基本的には監視・管理される生活ですが、同じ年頃の同性との共同生活は、辛くもあり、また楽しかった覚えがあります。

あの頃、勉強以外にいろいろなことを教えてくれた看護師の皆さんには本当に感謝しています。

今後、できればもっと具体的なエピソードを交えて、入院生活を書き記したいと思います。
もちろん、プライバシーを保護しながら。

辛い時期の記憶ですので、少し大変なのですが、書き残すことがあの病院に入院した経験のある者の務めだと思います。

体験したことを書き残すことによって、今後の精神医療に大いに役立ててほしいと思います。