飲み屋依存について

お酒に依存してしまうことは間々あることだと思います。アルコールが身体に入ると、気持ちが高揚したり、楽しくなったり、嫌なことを忘れたりできます。心が弱っているなら尚更です。
私は自宅でお酒を飲むという習慣を持っていません。それは今も昔もです。ひとりで居酒屋に入るということもありません。
しかし、一時期(そう呼ぶには余りに長い期間でしたが)同じ職場の友人や同僚、先輩とほとんど毎日のように居酒屋に行ってお酒を飲んでいました。「飲み屋依存」です。





本当にほぼ毎日行っていました。週5日勤務の際はそのうちの4日、週6日勤務の際はそのうちの5日、もしくは勤務日全ての晩御飯を居酒屋で済ませていました。
毎晩毎晩、浴びるほどお酒を飲んでいたと思います。当時の私の職場の近くに比較的安価でお酒が飲めるお店が多かったことも原因だと思います。
だが何よりも、私を含めて皆が当時の現状に満足していなかったためだと思います。

飲み屋での会話といったら、ほとんどが職場の愚痴だったと思います。
もちろん、楽しい会話も多々ありました。しかし、毎度愚痴からスタートしていたと思います。
毎日愚痴を思いつけるのですから、余程不満があったのでしょう(今となってはどうでもいい内容ばかりですが)。
給料のことや上司のこと、言うことを聞かない部下のことや家庭の不平まで、生きていれば当たり前のことばかりですが、皆いつも不満を抱えていました。
その不満を、集団でお酒を飲むことで解消していたのです。

不満や悩みを誰かに聞いてもらうこと自体は素晴らしいことだと思います。
しかし、問題はその状況に依存してしまったことです。
毎日お酒を飲みながら集団愚痴を言い合うことにより、段々と皆がその状況に依存し始めたのだと思います。簡単に、しかも手っ取り早く気持ちが楽しくなるのですから仕方がないことだったのでしょう。
ただ、それでは何か問題が起きた時にその状況(飲み屋で複数人で飲んで語り合うという状況)を再現しないと、問題を解決できないようになってしまいます。実際、少なくとも私はそうだったと思います。
ひとりで問題と向き合うことができなくなるので、非常に脆い心の状態になっていたと思います。
事実、居酒屋に行かない日は、なんとなく不安な気持ちになっていましたし、人を飲みに誘って断られた日は絶望的な気分になっていました。

さらに言うと、皆で愚痴を言い合っていましたので、マイナス思考がさらなるマイナス思考を呼び、実際には問題は何ひとつ解決していませんでした。
結局、不満がある場合には実際に行動しないと何も変わらないのです。

しかも、毎日お酒を飲むということは、わざわざ書かなくてもご理解頂けると思いますが、身体に大変悪いことです。
肝臓が悪くなったり、アルコール中毒に陥らなかったことが奇跡でした。体型には大きくなるという変化が起きてしまいましたが……

友人や同僚と飲み屋に行くことを否定しているわけではありません。ただ、この記事を読んでいる方々にはその状況に決して依存しないでほしいのです。
悩みや不安、問題を他人に聞いてもらうことは大事ですが、自分自身で問題と向き合い、解決できる能力を得ることの方がより大事です。
お酒に頼り切ってしまうという状態も望ましいものではありません。身体にも経済的にも問題が発生します。

「飲み屋依存」からの脱出には時間がかかります。
そうなる前に、依存になる前に、そういう習慣がある方がもしいたら、考え直してください。